名古屋高等裁判所 平成11年(う)125号 判決
証拠によれば,次の事実が認められる。すなわち,①宅配ピザ屋は,平成10年4月26日(以下,年は平成10年をいう。)午後9時2分ころ,被害者方から電話による注文を受け,同日午後9時30分ころ,ほぼ3人分の量のシーフードデラックスピザ1枚,ナポリタンスパゲッティ1人前,フレッシュサラダ1皿及びウーロン茶3本を届けて,被害者本人から代金4,105円を受け取ったこと,②被害者の左側頭部は,約15センチメートル×約6センチメートルにわたる範囲で粉砕骨折していて欠損しており,この影響で右側頭骨及び後頭骨も亀裂骨折していて,左側頭部のほぼ中心に作用点の大きな角稜のない重量のある鈍体(例えば,バット,ゴルフクラブのウッド等)で強い一撃を加えられ,これにより脳挫滅が生じたことから,被害者はほぼ即死したものであること,③被害者の胃の中にはマッシュルーム,コーン,ピーマン,人参などが未消化の状態で残っていたことから,被害者は届けられたスパゲッティなどを食べた後,1時間以内に死亡したものであること,④被告人は,4月26日深夜から27日早朝にかけて,被害者方で,被害者が着ていたトレーナーを死体から脱がしてゴミ袋に入れ,被害者の自動車のエンジンキー及び玄関の鍵のついたキーホルダーを持ち出し,電灯を消して玄関に鍵を掛け,被害者の自動車のトランクにゴミ袋を積み,同車を運転して新瀬戸駅近くまで行き,路上に駐車して放置したが,その際,現金約6万円,預金通帳,印鑑,キャッシュカード等在中の被害者のセカンドバッグを自宅に持ち帰ったこと,⑤被告人は,そのころ,被害者の死体を風呂場まで運び,浴槽の残り湯の中に入れ,畳,テーブル,壁等に付着した血痕をタオルでふき取り,さらに血痕の付着した被害者の着衣,タオル等をゴミ袋の中に入れたこと,⑥被告人は,4月27日午後2時45分ころ,帽子,マスク等を家庭用品店で購入して,これらによって変装した上,同日午後6時46分ころ,東海銀行瀬戸支店瀬戸南出張所に赴き,前記キャッシュカードを利用して被害者の口座から現金300万円を窃取し,そのうち263万円を自宅の浴室の天井裏に隠していたこと,⑦被告人は,同月27目深夜,被害者の自動車を運転して被害者方に行き,そのころから28日早朝にかけて,被害者の死体を浴槽から引き出し,布団カバーに包んで自動車のトランクに入れ,被害者の着衣等を入れた前記ゴミ袋のほか,被害者方にあった灯油ポリタンク2個を持ち出して自動車に積み,同車を運転して出発して名古屋インターから東名高速道路に入り,途中ガソリンを購入して前記ポリタンクに入れ,同日午前6時過ぎに浜松西インターで東名高速道路を出て,浜松市内の家庭用品店でエンジン式チェーンソー等を購入し,死体を遺棄する場所を探して静岡県引佐郡三ヶ日町作久米の山林に至り,同所で死体をトランクから降ろし,チェーンソーで被害者の死体の下顎,頸部を切断して頭部を胴体から切り離し,その胸腹部を切り裂いてガソリンを振りかけ,ライターで点火したタオルを投げつけて死体を焼却したこと,⑧その後被告人は,ビニール袋に入れた死体の頭部を自動車に積み込み,三ヶ日インターから東名高速道路で名古屋インターまで走行し,愛知県豊田市猿投町内の山林に頭部を投げ捨てたこと,以上①ないし⑧の各事実が認められるのであって,これらの事実については,所論も概ね争っていないところである。
この事実関係によれば,被害者は4月26日午後9時30分ころに配達されたスパゲッティ等を食べ,それから1時間以内に左側頭部を作用点の大きな角稜のない重量のある鈍体で強く一撃されてほぼ即死したものと認められるから,被害者は同日午後10時過ぎころに殺害されたものと推定されるところ,被告人は,この被害者の死体から着衣を脱がせて,死体を風呂場まで運び,浴槽の残り湯の中に入れ,畳,テーブル,壁等に付着していた血痕をタオルでふき取り,さらに血痕の付着した被害者の着衣,タオル等をゴミ袋の中に入れて投棄するなどの証拠隠滅行為や,被害者の死体を被害者方から運び出し,山中まで運搬し,チェーンソーで死体の下顎,頸部を切断して頭部を胴体から切り離し,その胸腹部を切り裂いてガソリンを振りかけて焼却し,頭部を他の山中に投げ捨てるなどの徹底した死体の遺棄・損壊行為に及んでいるのであって,被告人が,被害者殺害の真犯人から死体遺棄等を依頼されて引き受けたとか,何らかの理由で真犯人のためにどうしても被害者の殺害を秘匿したかったなどの特別の事情が窺われない本件において,かかる徹底的な証拠隠滅行為や死体の遺棄・損壊行為は,被告人自身が被害者を殺害したものであることを強く推認させるものである。
所論は,この被害者殺害時間(4月26日午後10時過ぎころ)について,被告人にはアリバイが成立する可能性がある旨主張する。しかし,関係証拠によれば,被告人と当時親しく交際していたA子が,4月26日午後10時6分ころ,携帯電話で被告人方に電話を掛けたところ,被告人が電話口に出なかったため,留守番電話に名前入りのメッセージを入れておいたのに,応答がなく,被告人は,同月28日にA子から聞くまで前記メッセージの存在を知らなかったことが認められるのであって,このことは,被告人が被害者が殺害されたころ自宅にいなかったことを強く推認させるから,アリバイは成立しないというべきである。
ところで,被告人は,当審において,これまでの供述を変更して殺害行為を否認し,所論に沿う供述をしている。すなわち,4月27日午前1時ないし2時ころ,被告人方から徒歩で2分ほどの被害者方を途中で買った缶ジュース2本を持って訪ねたところ,南側6畳間で被害者が血を流して倒れているのを発見し,その腕を揺すっても反応がないため死んでいるものと思い,関わり合いになりたくないと考え,そのまま自宅に帰り,何も見なかったことにしようと決めたが,被害者方に忘れてきた缶ジュースに指紋が付いていて自分が疑われるかもしれないと考え,同日午前3時ないし4時ころ,これを取り戻すため再び被害者方に行き,同所でさらに被害者が着ていたトレーナーにも指紋が付いているのではないかと思い,これを脱がしてゴミ袋に入れ,ゴミ袋を捨てに行くために被害者の自動車のエンジンキー及び玄関の鍵のついたキーホルダーを持ち出し,電灯を消して玄関に鍵を掛け,被害者の自動車のトランクにゴミ袋を積み,同車を運転して新瀬戸駅近くまでいった後,路上に駐車して放置したが,同日午後10時か11時ころ,被害者方の様子がどうなっているか気になって歩いて行ってみたところ,その様子には変化がなかったものの,被害者のキャッシュカードで預金を引き出したことが気になりだし,被害者の死体を風呂場に移動させて浴槽に入れ,畳,壁等の血痕をふき取ったり,血痕の付いたものをゴミ袋に入れて持ち出し,さらに被害者の死体を運び出して損壊・遺棄に及んだ旨供述しているのである。
しかし,被告人の供述には内容的に極めて不合理かつ不自然な点が多く,到底信用できない。すなわち,被告人と被害者は同級生で,小学校時代からの友人であり,それまでトラブルもなかったというのであるから,血を流して倒れている被害者を発見したならば,直ちに警察や救急車を呼ぶのが通例と考えられるのに,被告人は,これをなさず,そのまま自宅に帰ってしまった理由として,単に関わり合いになりたくないと思ったから,としか述べていないのであって,かなり不自然な行動といわざるを得ない。しかも,被告人は,一旦自宅に帰った後,自分の指紋の付いている缶ジュースを置いてきたことに気付き,これを取り戻すため被害者方に戻ったところ,トレーナーにも指紋が付いているのではないかと考えるに至ってこれを脱がしたというのであるが,肝心の缶ジュースについては,被害者方のどこにあったのか,それを回収したかどうかははっきりした記憶がないなどと供述しており,甚だ不自然というほかない。さらに指紋が付いたかもしれないというだけのことで,被害者のトレーナーを血の付いた死体から脱がして持ち帰り,電灯を消して玄関に鍵を掛け,被害者の自動車を運転して新瀬戸駅近くの路上に放置するなどしたという被告人の行動は,関わり合いになるのを避けて警察等を呼ばなかったという前記弁解と明らかに矛盾するものである。その後被告人は,自宅に持ち帰った被害者のセカンドバッグ内のキャッシュカードで預金を引き出しているが,被告人は血を流して倒れている被害者を発見しているのであるから,ここで変装までした上被害者のキャッシュカードで預金を引き出せば,将来被害者を殺害等した犯人として疑われるおそれが強くなること必至であるにもかかわらず,敢えて預金を引き出しており,いかに暗証番号についての関心があったとしても,血を流して倒れている被害者を発見して関わり合いを避け,缶ジュースに付いた指紋のことを心配した者の行動としては余りに不合理といわざるを得ない。そして,被害者方から指紋の付いているものを既に持ち出しているのに,様子が気になって被害者方に出掛け,しかも様子に変りがなかったというのに,そのまま帰ってくるのではなく,死体の移動,畳,壁等の血痕のふき取り等々,次々と事件への関与を深めていくのは,理解に苦しむところであり,かかる一連の行動は,被告人が被害者を殺害していないのであれば,まことに不可解というほかなく,弁護人の強調する「死体を前にした異常な心理状態」を念頭に再考しても,やはり不自然としかいえないのである。
次に,被告人がこれまで殺害の点を争わず,原判決後初めてこれを争うようになったことに関する被告人の供述について,検討する。
被告人は,当審において,これまで殺害の点を争わなかった理由について,死体損壊等を実行したことに間違いなく,どうでもいいという投げやりな気持ちから捜査官の言うままに自白し,原審公判段階でも,この投げやりな気持ちが続き,また,裁判の途中で殺していないと言うと罪を逃れて軽くしようとしていると思われそうで,それが嫌であったからそのまま認めることにし,最終段階で弁護人に打ち明けてみたが信じていない様子だったので供述を変えなかった旨供述している。しかし,記録によれば,被告人は,当初,被害者と口喧嘩となってつかみ合いになり,包丁を持って振り回して被害者の首の正面あたりを切ってしまったと供述していたのであって,その後被害者の頭部を殴打したことを認めるに至ったが,一撃の下に殺害したのではなく,被害者方にあったガラス製ライターの置物で何度も被害者の頭部を殴打した旨供述していて,必ずしも捜査官の言うままに自白したものとは認められない上,原審公判段階では,捜査段階で認めていた殺意を否認するとともに,殺人の犯行日は4月26日ではなく27日であり,セカンドバッグは被害者方ではなく被害者の自動車内から取ってきたなどと述べて,自己の言い分を明確に述べているのであるから,投げやりな気持ちや罪を逃れて軽くしようとしていると思われるのが嫌であったから自供を維持したということにはならず,結局,この点に関する被告人の当審供述には納得できるものが乏しい。
なお,被告人は,捜査段階において,被害者を殺害した直後,このまま被害者の死体を放置して逃走すれば,訪問者によって被害者が殺害されたことを発見され,被告人が犯人であると疑われると思い,被害者の死体を隠すため風呂場に運んで浴槽の中に入れ,畳,テーブル,壁などに付いた血痕をタオルでふき取り,被害者の血痕の付いた物を全て処分しようとして被害者の衣服やタオル,灰皿,テレビのリモコンなどをゴミ袋に入れたこと,被害者が欠勤していてもその自動車がなければどこかに外出していると思うのではないかと考え,玄関に鍵を掛け,自動車にゴミ袋を積んで出発し,新瀬戸駅近くの路上に放置した旨供述している。このような殺害後の行動に関する供述は,客観的証拠とよく合致している上,被告人が4月27日の早朝に被害者方の電灯を消して玄関の鍵を掛け,被害者の自動車を運転したこと,被害者の死体を風呂場に運んでわざわざ浴槽の中にまで入れたこと,さらに被告人が証拠隠滅行為や死体損壊・遺棄行為に及んだことなどの理由や経緯を無理なく説明でき,合理的なものであるから,前記供述は信用できるものというべきである。